マンガが全てだった
20世紀のファイルから −証言・あの時、あの人−
第29回 マンガがすべてだった「トキワ荘」の頃
寺田ヒロオのトキワ荘時代、そしてその後を取り上げた番組である。
トキワ荘と言えば誰でも知っている。トキワ荘と言うアパートに、藤子不二雄、赤塚不二雄、石森章太郎らが一緒に住んでいた時代があり、そこで現在では伝説的なマンガが書き進められていたことはマンガファンにとっては常識である。
そのようなトキワ荘の住人の中で、作品が知られていないマンガ家が一人いる。寺田ヒロオである。トキワ荘メンバーの回想の中には必ず登場しており、スポーツマン金太郎は絶大な人気を博したと言うことは知識では知っていても、それがどのような作品なのかはよく知らなかった。
そもそも、スポーツマン金太郎が週刊少年サンデーに連載していた事すら、私は知らなかったのだ。寺田ヒロオに対して持っているイメージは、マンガの変化、自分の書きたい作品が受け入れられなかった事に対して絶望し、一線から退いたというイメージだった。月刊誌では人気だったけれども、週刊誌への移行に失敗したのかなと思っていた。
ところが、この番組では週刊少年サンデーで五年間連載し、1・2を争う人気だったとあるではないか。寺田ヒロオのマンガは線が多少粗めで藤子不二雄や石森章太郎のセンスに比べると古いのではないかなぁ。内容に関しても作者のいいたい事がナマの形で出ているので説教くさいような印象を受ける。
寺田のマンガは穏やかで健全、さわやかなユーモアの中にスポーツマンシップの大切さなどが描かれました。子供を正しく導こうという一貫した姿勢が見られます
道徳の教科書ならいいんだろうが、俺にとってはマンガは娯楽だからなあ。マンガを通して子供達を啓蒙しようなんて大きなお世話だと思うし、反発すら感じてしまいそう。
そのように想うのだが、この作品が当時の子供達に受け入れられたというのだから面白い。当時の読者にはどのように移ったのだろう。当時では斬新な何かがあったのか、それとも当時でも既に古さを感じていたが、その古さに安心感があったのか。はたまたPTA御用達の作品だったのか。