グレーゾーンと線引き


注意点が二つ。まず、このエントリはhttp://d.hatena.ne.jp/bn2islander/20060608/1149783249の焼き直しである。もう一つ。このエントリは単なる仮定のお話、ファンタジーと思って頂きたい。


うーん,著作権話題はほんとクリティカルだ - Myrmecoleon in Paradoxical Library. はてな新館にコメントつけたりしつつぼんやりと思ったのだが、同人誌というものは本質的に立場が不安定であり、立場が不安定であることをうまく生かしつつ*1発展してきたように思う。従って、今後の同人界もグレーゾーンであることを有効に活用し、曖昧に生きていくほかに道はないのかなと思う。


ただし、グレーゾーンをグレーゾーンとして許容する文化がいつまで続くかが問題であろう。「個性を伸ばす」教育が成功したせいか、日本社会も同質さが薄れ、みんなそれぞれ違う考え方をする事になった。人々が違う考え方をするとどうなるのか。おそらく「白黒付けなければ混乱が収まらない」社会になるだろう。曖昧な考え方が混乱を招き、混乱を解決するために司法の力を直接借りる社会、いわばアメリカ型の社会に近づいてきたと思う。


同人界に置いてもその流れは変わらずに、「同人誌とは何か」という本質的な問いかけを迫られ、パロディはどこまで許容されるのかを考えざるを得ない社会になってくるだろう。コミケは今のままでは訴訟の嵐となることは避けられず、訴訟対策のために手を打たなければならなくなるかも知れない。この事が何を意味するのかと言えば、権利者と同人作者が同じ卓に付き、お互いの対立する利害をぶつけ合い、妥協点を見つけなければならなくなると言うことである。


つまり、グレーゾーンが白と黒にはっきりと分かれる事になる。そして、白の中を動き回る限り、違法にはならないと言うことである。違法性を心配せずに済むメリットはあるが、同人誌に枷をはめてしまうと言うデメリットもある。自由闊達に活動してきたように見える同人界が枷をはめられたとき、文化はどのように変化するのだろうか。

*1:その土壌には日本的曖昧さがあるだろう