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警察は著作権の非親告罪化についてどう考えているのか

TPPがらみで、著作権非親告罪化と、それに伴う(主に)同人誌作者の方々のリアクションとで賑やかになっている昨今の著作権界隈である。


一方で、非親告罪化について法務省、および警察がどの様な見解を持っているのかに関しては、驚くほど語られていない。非親告罪化=警察が取り締まりやすくなると言う認識で一致しているようである。


著作権非親告罪化について警察、捜査当局の実務担当者が語っている例としては、文化庁著作権審議会法制問題小委員会(平成19年第4回)である。ここで、法務省刑事局参事官の山元氏と、警察庁生活安全局の古谷氏が、非親告罪化における捜査実務への影響を語っているので、引用することにする。

(山谷氏)親告罪ということを維持されるべきかどうかということでありますが、これについては、著作権法違反がなぜ親告罪とされているのかというような趣旨、それから、それが現実にどんな効果をもたらしているのか、あるいは、非親告罪とした場合の影響等を踏まえて、御議論いただければと思うのですが、先ほど御紹介しましたように、取締りへの影響という観点から申し上げますと、非親告罪としたことによって、捜査機関的な考え方、あるいは捜査実務の現場を考えますと、非親告罪化すれば、取締りが強化されるのかということについては、直ちにそうは言いにくいのではないかなというような感触は持っております。といいますのは、被害者からの申告や協力がなければ、実際問題、著作権の中身とか、あるいは著作権侵害の対応、あるいは影響ということが判断できませんので、実際問題、訴追するのが困難ではないかというような考え方に、検察官としてはなると思います。いずれにしても、被害者の御協力あるいはその意向というものなしに、訴追ということはちょっと考えられないだろうということであります。

(古谷氏)3つ目の「親告罪であることによる実務上の支障」という点でございますけれども、基本的には、親告罪であるということが、著作権法違反事件の捜査にとって大きな障害であるという認識は持っておりません。それでも、年に1件、2件という程度のレベルではございますけれども、告訴が得られないために捜査が中断に至る事例が、あるにはございます。近年の事例といたしましては、例えば民事で賠償金が獲得されたということで、告訴が取り消された事例。これは言ってみれば、民事紛争を有利に解決するために刑事告訴を利用したとも受け取れるような事例でございまして、残念な事例でございます。
 それから、権利者が告訴に極めて消極的であるということで、立件を断念した事例でございます。これは、捜査とか公判におきましても、その鑑定とか証言ということで協力をしていただくことになるので、その負担が重いということで、告訴をしていただけなかったのではないかというふうに思っております。個人や小規模事業者という形の権利者に限らず、業界の大手の場合であっても、そういう対応が見られる場合があるということは、少しございます。

(古谷氏)警察にとりまして告訴というのは、処罰を求める意思表示ということにとどまらず、権利者が捜査に協力をすると、そういった協力意識のあらわれでもあるというふうにとらえているところでございまして、先ほども申し上げましたけれども、権利者の協力なくしては、知財事件の捜査は成り立たないと考えますことから、そのように、ちょっと気になっておるところでございます

(古谷氏)おそらく剽窃だとか、いわゆるパクリみたいなものというのは、ネット上などを中心にしまして非常に大量にございますので、どこで線引きをするかというのは非常に迷うところかと思います。社会的に非常に反響を呼んだという事件であれば、関心を持って見るとは思いますが、関係者が全部いいよといっているような場合にまで、刑事手続にのせて、懲役10年、まあ10年にはならないでしょうけれども、仮にしたとして、それはいかがかなという感じが、個人的にはいたしております。


10年前の議論が今現在、どこまで通用するかという話にはなるであろうし、警察の意識が変わっていないという保証もない。警察全体の意思をどこまで反映しているのかという話にもなってくるであろうけど、とは言え、警察の実務担当としては、非親告罪化をそこまで重視していないと解釈できますね。


逆に言えば、著作権非親告罪化は、警察が求めているわけではない事になりましょうね。個人的に、森田委員の発言が面白かったので、最後に引用します。

【森田委員】 今日のお話をお伺いしますと、また、今の道垣内委員の御発言とも関係しますけれども、親告罪を見直すべきだと主張されている方の意図というのは、捜査の実態についての誤解があって、そういうことをおっしゃっていたということなのか、それとも、むしろそうではなくて、何かシンボリックな効果を狙って、国内の取締りを強化してますよということを示すというのが親告罪でなくする目的であって、必ずしも実際の捜査に影響があるわけではない、それとは独立に考えるべきだという、何かそういう御主張なのか。この件については、今日お配りいただいた「知的財産推進計画の2007」にも入っていますけれども、この意図というのはどう整理されているのかという点についてお聞きしたいと思うのですが。