教育論議を「かみ合わせる」ための35のカギ

岡本薫氏による、教育論議についての参考書。岡本氏は元著作権課課長と言うこともあり、ネット上では著作権の専門家として認識されている。実際に、岩波新書から著作権の考え方 (岩波新書)と言う一般人向けの著作権解説書を出版している。「著作権の考え方」はとかく複雑で難解だと言われている著作権法を単純で分かりやすい形で教えてくれるので、この本を読めば誰でも著作権に関しての議論ができる好著であった。


さて、岡本氏は文部科学省では著作権ばかりでなく、教育政策にも携わっているらしい。本書は、その岡本氏が文部科学省での経験と、国際公務員としての海外経験を踏まえた上で、日本の教育問題がなぜ空回りを続けるのかを分析した本である。


岡本氏いわく、日本の教育論議の欠陥の本質は次の五点に集約されるそうだ。

1.「目的・手段」や「原因・結果」に関する「論理的な思考」ができていないこと
2.「すべての子どもたちに必要なこと」と「それ以外の事」が区別されていないこと
3.「みんなが同じ気持ちを共有できるはずだ」という幻想のために「ルール」や「契約」が軽視されていること
4.「システム」の改革を軽視して何でも「心」や「意識」のせいにしていること
5.進むべき方向についての「戦略的な選択」ができていないこと

いかがだろうか。皆さんにも思い当たることがあるのではないだろうか。例えば、先日のJR西日本の事故にも、上記のような要因があり、その後の報道に関しても同じ事が言えるのではないだろうか。つまり、教育論議に関する欠陥は、決して教育だけに限定されているわけではなく、日本が抱えている問題そのものが教育に反映されているだけである。本書は教育論議と銘打っているが、それだけにとどまらず、日本企業や社会が抱えている問題点に関しても応用が利く内容となっている。

この本の特徴は、以下の点にある

  1. 岡本氏の率直なものの言い方
  2. 豊富な海外経験での実例が引用されており、読者に日本の特異性が分かりやすく伝わる。

例えば、前者で言えば

簡単に説明するときには、「日本では『教育』というのは、『宗教』なのです」と言う言い方が効果的でした。「宗教だから、理屈抜きで教育が『好き』」「宗教だから、『教育でなんでも解決できる』と思いこむ」「宗教だから、目的が『人格や心』になる」「宗教だから、A級信者・B級信者などという『能力別編成』は人々が受け入れない」「宗教だから、ディマンド・サプライ・マーケットなどという経済学的なアプローチは許されない」「宗教だから、教職が『聖職』と呼ばれて神聖視される」*1

などなど、多少文部科学省の官僚の意見としてはぶっちゃげ過ぎる気もしないではないが、快刀乱麻という感じで教育問題を叩ききっている。確かに、どれもうなずける話ではある。


また、後者はどうかと言うと、

例えば、外国の専門家たちが「国際的に見ても極めてめずらしくユニークであって、高い成果もあげている」として研究対象にしてきたのは、「掃除当番」「給食当番」「班別活動」などです。これらは改めて「心の教育」などとは呼ばれていませんし、学習指導要領での義務づけが行われているわけでもなく、長年にわたって「自然」に(「文化的背景」によって)行われてきたものですが、むしろ外国の研究者が、こうした他国にあまり例のない実践とその効果について、興味を持って学習してきました。*2

このような視点で教育問題を考えたことはないし、このような視点で教育を捉えた文章も読んだことがない。海外経験が長く、外国の専門家達と議論している岡本氏ならではの切り口だと思う*3。日本では当たり前の事で、誰もその効果を自覚していない事が、外国の視点で捉えれば研究対象になるというのは面白い。

このように、この本は教育問題に関心がある人には大変面白く、教育問題に関心がない人でも大変面白い本になっている。あまりにも率直にものを言っているため「ムッ」と来る人もいるんだろうが、その「ムッ」と来る事が実は大切なのではないのだろうか。


教育論議を「かみ合わせる」ための35のカギ

教育論議を「かみ合わせる」ための35のカギ

*1:本書、P.15

*2:本書、P.36

*3:もっとも、一次情報を確認していない