原告にも厳しい藤山裁判長


一部でトンデモ判決扱いされている、藤山雅行裁判長の判決を取り上げてみる。

東京都府中市の市民医療センター(現・保健センター)の医師に初期肺がんを見落とされ、がんの進行で生存率が低下したとして、市内の女性(54)が慰謝料など約2623万円の賠償を市側に求めた訴訟で、東京地裁は26日、450万円の支払いを命じた。藤山雅行裁判長は「見落としで死への恐怖や不安の程度が高まった」と精神的苦痛を認めた。女性はその後、別の病院で摘出手術を受けており、判決は「再発がない段階で、発見の遅れを理由に賠償請求した例は見当たらない」と、自ら異例の内容と位置づけた。

上の記事は毎日新聞社からの転載だけど、正直、あまりよろしくない記事である。これだけみると「藤山が無理矢理な理屈をつけて原告有利な裁判を展開しやがった」とか「また藤山か!」とか誤解を招きかねないのであるが、ニュアンスがちょっと違うと言うか、かなり違うのだ。この記事では一言も触れられていないが、実は市側も過失を認めているので、賠償は確定したというわけ。賠償額がいくらなのかを問題にした訴訟だったのです。

東京都府中市の市民医療センター(現保健センター)で健康診断を受けた女性(54)が「エックス線写真でがんの陰影を見落とされ、治療が遅れた」と府中市に約2600万円の損害賠償を求めた訴訟の判決で、東京地裁は26日、市に450万円の支払いを命じた。市側が過失を認めていたため、裁判では損害額が争点となった。
四国新聞社

ちなみに、藤山判事が肺ガンの見落としも認定したとよく誤解されるのだけど、はっきり言って違います。誰が決めたかというと、府中市健康診査事業等適正運営調査会であり、メンバーは医師4名、弁護士1名で構成されていた。この調査会が過失を認定したのに、裁判官がそれを認めなかったら、第三者機関での解決などとうてい無理でしょう。



さて、余計なことをつらつらと書いた。何を問題にしたいのかと言えば、藤山判事は被告側に不利な、つまり医師に不利な判決ばかりしている訳じゃなく、原告に対しても厳しいんだよと言う事を紹介したい。

(原告の主張)
原告は,術後肺ガンがかなりの割合で再発転移する可能性があるため,できるだけ免疫力が落ちないように,無理をせずストレスを避けるよう健康に細心の注意を払って生活するようになった。一時的にでも疲れることはよくないので軽い運動すら行わない,インフルエンザ流行期には人の集まる場所に行かない,飲酒はしないなど,免疫力低下をもたらすことは一切行わないようにしている。

(裁判所の判断)
仮に原告が,現在,ガンの再発・転移を防ぐために家事や添削業務を制限していたとしても,かかる制限は,本件見落としがなく,早期に適切な手術を受けていたとしても,やはり死の不安や恐怖を免れるために行っていたものと認められ,本件見落としとの間には相当因果関係が認められないことになる

敢えてかみ砕いてみる。
原告「裁判長、ガンを見落とされたために私は日々恐怖にさいなまれ、仕事を制限せざるを得ない状況です」
裁判長「あなたの場合、ガンが発見されただけで恐怖に陥るでしょう。例え見落としがなかったとしても、同じ行動を取っていたでしょう」


(原告の主張)
肺ガンは,日本において臓器別ガン死亡原因の第一位とされている重大な疾患であり,日常的に遭遇する機会が高く,進行が早く致死的で,発見された時点の病期で生存率が大きく異なる疾患であるから,稀な疾患で,進行が遅く,被致死的で発見された病期で生存率があまり異ならない疾患と比較すると,早期発見・早期治療が有
効で,肺ガンを見落とさないようにする注意義務がより大きく,その注意義務違反は重大である。被告A医師が肺ガンを見落としたことは,重大な過誤である。

(裁判所の判断)
原告は肺ガンの見落としが重大な過誤であると主張するが,悪性腫瘍全てについて,一般的にいうと放置すれば致死的であり,発見された時点の病期によって生存率が大きく異なり,早期発見,早期治療が有効であるということが当てはまる。悪性腫瘍の中には,胃ガンや肝ガンなど患者数が相当多いものが肺ガン以外にもいくつも存在する。したがって,肺ガンを見落とさないようにする注意義務違反が特に重大であるとはいえない。

原告「裁判長、肺ガンは重大な病気であり、いつの時点で発見されるかによって生存率が大きく違います。肺ガンを見落としたことは重大なミスです」
裁判長「いつの時点で発見されるかによって生存率が大きく違うのは、全てのガンに言えることです。肺ガンを見落としたことが特に重大なミスであるとは言えませんね」


いちいち取り上げていては切りがないが、この裁判は「一円でも多く慰謝料を取ろうとする原告側と、その主張を音ごとく却下する裁判官のせめぎ合い」に終始している感がある。ここに紹介したポイント以外にも、面白い点はたくさんあるので、興味を持った人は判決文全文に目を通すといいだろう。


判決文は以下のリンク。
平成17(ワ)10681 損害賠償 平成18年04月26日 東京地方裁判所