空気読まずに夏への扉を語ってみる

id:ululun氏に触発されたので、ちょっと。
http://d.hatena.ne.jp/ululun/20080525/1211688587


夏への扉」を好きですかと問われたら、好きだよと答える。主人公は天才発明家。しかし仲間と女に裏切られた。未来の世界に強制的に送られたものの、そこで復活。過去へと戻り、裏切ったものには復讐し、自分は富と女性を手に入れる。ラストはハッピーエンド。男の願望が詰まったようなSF小説だ。


と、思っていたのだ。再読するまでは。


再読して思ったことは、ダニイがいかに嫌な人間だったかと言うことだ。

ぼくは、何も欲得ずくで会社の指導権を握ったのではない。ただ一筋に、他人に従う身になりたくなかったから−自分自身の主人でいたかったからだ。マイルズは仲間として実によく働いてくれたし、ぼくも充分信用はしていた。しかし、最初この事業をはじめたとき出した資本の六十パーセントがぼくの貯金だった上、発明と、生産技術は百パーセントぼくのものだった。マイルズは、ぼくなしには文化女中器を製作できなかったのに反し、ぼくは、マイルズでなく他の誰とでも共同で事業を始められたわけだ。(P.63)

意図的に文章を抜き出したわけだが、この箇所だけを観ると、ダニイはマイルズを本当に信用していたのかなとどうしても思ってしまう。口では信用していると言っているけど、心底からは信用していなかったのではないかと思ってしまう。マイルズには発明と生産技術がなかったかも知れないが、ダニイには商才はなかった訳だから、お互いに足りない物を補い合っている関係だと思うのだが、ダニイは自らの指導権を主張している。マイルズをパートナーと認めてはおらず、使用人扱いしていたのではないだろうか。


そのダニイも物語の後半では、人に対する姿勢が変化する

「ジョン、きみが会社をやってくれないか」
「ぼくが? 会社のなにを?」
「なにもかもだ、技術的なことはぼくがみんなしてしまう。きみは会社の経営さえしてくれればいいんだ」
「大変な註文だな、ダン。ぼくは会社を乗っ取ってしまうかもしれないんだよ。きみにはそれがわかっているのか? しかもこの会社は金鉱同様の価値が出るかもしれないんだぞ」
「出る。それはぼくが保証する」
「それじゃ、なぜぼくなんかを信用するんだ。一番の方法は、ぼくを会社の弁護士にしておくことだと思うぜ」
 ぼくは考えようとした。頭がずきんずきんと痛んだ。ぼくはかつて共同で事業をした、そしてものの見事に騙された。が−なんどひとに騙されようとも、なんど痛い目をみようとも、結局は人間を信用しなければなにもできないではないか(P.265-266)

どうだろう。マイルズの時に比較して、ダニイは明らかにジョンを信用しているように思う。マイルズとベルに騙されたと言うが、ダニイはそのとき、二人を心底から信用していたのだろうか。ジョンがダニイを裏切らなかったのは、ダニイがサットン夫妻を心から信用していたからではないだろうか。


夏への扉は、SFでもあるし、ロリコン物語とも言えるかも知れないが、一番大きなウェイトを占めているのは、ダニエル・ブーン・デイヴィスの成長、そして人間に対する視線の変化にあると思うのだ。

夏への扉 (ハヤカワ文庫 SF (345))

夏への扉 (ハヤカワ文庫 SF (345))