薬害エイズ裁判におけるたった一つの冴えたやり方
タイトルに意味はありません。
私は薬害エイズ訴訟にある程度の関心を持っていて、過去に何度かエントリーを書いた。立場としては基本的に厚労省寄りであり、郡司元課長寄りであり、故安部英医師寄りである。大変にレアな立場であり、アウトサイダーである事は承知している。以上前置き。
http://d.hatena.ne.jp/bn2islander/20071109/1194624984
http://d.hatena.ne.jp/bn2islander/20080305/1204726238
ある日、日経メディカルオンラインを読んでいたら、薬害エイズ絡みの話が書いてあったので、さっそく読んでみた。
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見ると、東大医学部三年生の方である。まだ若いのに達者な文章をお書きになる。当たり前か。ただ一点、気になる文章があったので、言及してみようと思う。
最後に知人の裁判官(ずいぶん前に故人になりました)が言ったことを載せておきます。
昔の刑事裁判は、刑事訴訟法などの法律の精神に則り、理論を武器に検事と弁護士は戦い、裁判官はその理論を見て判決を出してきた。
ロッキード事件の裁判のあたりから、検事や裁判所は理論ではなく国民の顔色を伺うようになってきた。これで正義といえるのだろうか。
この訴訟、裁判官は無罪判決を出した。と言う事は、「理論を武器に検事と弁護士は戦い、裁判官はその理論を見て判決を出し」た訳であり、検事はともかく、東京地裁のこの判事に関しては、国民の顔色をうかがわず、理論でもって判決を下したと言えるのではないだろうか。この判決は評価されるべきであるのに、締めくくりの言葉で裁判官と判決を批判してしまっているように思う。その点が気になる。
東京地裁が如何なる判決を下したのかを紹介するために、判決文を以下に掲載する。私の目から見ると、大野病院事件の福島地裁判決を先取りしているように思うのだが、いかがだろうか。
大多数の血友病専門医に係る以上のような実情は、当時の様々な状況を反映したものとして、軽視し得ない重みを持っていることも否定できない。以上のような諸般の事情に照らせば、被告人の本件行為をもって、「通常の血友病専門医が本件当時の被告人の立場に置かれれば、およそ非加熱製剤の投与を継続することは考えないはずであるのに、利益に比して危険の大きい治療行為を選択してしまったもの」であると認めることはできないといわざるを得ない。被告人が非加熱製剤の投与を原則的に中止しなかったことに結果回避義務違反があったと評価することはできない。
http://www.t3.rim.or.jp/~aids/abe5.html