大野病院事件と薬害エイズ


このエントリーは、私の主張を公にして、批判を受けるためのエントリーです。前提として、私は医療及び法律の専門家でもないし、薬害エイズの参考資料と言えば、安部刑事裁判の判決文と、郡司元課長の手記くらいしか目を通していない。そのようなものが、大野病院事件薬害エイズ事件をどのように認識しているかを記してみようと思います。以上前置き。


ぶくまにid:NATROMさんからコメントを頂いた

そもそも薬害エイズ大野病院事件を並列にしないでくれ。

私自身は、薬害エイズ大野病院事件は並列にしても良いのではないかと思っていた。判決文から見ると、この2つは、非常によく似ているように思ったからだ。もっと言えば、薬害エイズ事件安部英東京地裁判決文の延長線上に、大野病院事件福島地裁判決があったのではないかと思う。

臨床に携わっている医師に医療措置上の行為義務を負わせ、その義務に反したものには刑罰を科す基準となり得る医学的準則は、当該科目の臨床に携わる医師が、当該場面に直面した場合に、ほとんどの者がその基準に従った医療措置を講じていると言える程度の、一般性あるいは通有性を具備したものでなければならない
 なぜなら、このように解さなければ、臨床現場で行われている医療措置と一部の医学文献に記載されている内容に齟齬があるような場合に、臨床に携わる医師において、容易かつ迅速に治療法の選択ができなくなり、医療現場に混乱をもたらすことになるし、刑罰が科せられる基準が不明瞭となって、明確性の原則が損なわれることになるからである。
 この点につき、検察官は、一部の医学文献やF鑑定に依拠した医学的準則を主張しているのであるが、これが医師らに広く認識され、その医学的準則に則した臨床例が多く存在するといった点に関する立証はされていないのであって、その医学的準則が、上記の極度に一般性や通有性を具備したものであることの証明はされていない。
http://obgy.typepad.jp/blog/2008/10/post-5158.html

刑事責任を問われるのは、通常の血友病専門医が本件当時の被告人の立場に置かれれば、およそそのような判断はしないはずであるのに、利益に比して危険の大きい医療行為を選択してしまったような場合であると考えられる。他方、利益考量が微妙であっていずれの選択も誤りとはいえないというケースが存在することも、否定できない。非加熱製剤は、クリオ製剤と比較すると、止血効果に優れ、夾雑タンパク等による副作用が少なく、自己注射療法に適する等の長所があり、同療法の普及と相まって、血友病患者の出血の後遺症を防止し、その生活を飛躍的に向上させるものと評価されていた。これに対し、非加熱製剤に代えてクリオ製剤を用いるときなどには、血友病の治療に少なからぬ支障を生ずる等の問題があった。加えて、クリオ製剤は、その入手についても困難な点があり、また、止血を求めて病院を受診した血友病患者について補充療法を行わないことは、血友病治療の観点から現実的な選択肢とは想定されなかった。このため、本件当時、我が国の大多数の血友病専門医は、各種の事情を比較衡量した結果として、血友病患者の通常の出血に対し非加熱製剤を投与していた。この治療方針は、帝京大学病院に固有の情報が広く知られるようになり、エイズの危険性に関する情報が共有化された後も、加熱製剤の承認供給に至るまで、基本的に変わることがなかった。もとより、通常の血友病専門医が本件当時の被告人の立場に置かれた場合にとったと想定される行動については、規範的な考察を加えて認定判断されるべきものであり、他の血友病専門医がとった実際の行動をもって、直ちにこれに置き換えることはできないが、それにしても、大多数の血友病専門医に係る以上のような実情は、当時の様々な状況を反映したものとして、軽視し得ない重みを持っていることも否定できない。以上のような諸般の事情に照らせば、被告人の本件行為をもって、「通常の血友病専門医が本件当時の被告人の立場に置かれれば、およそ非加熱製剤の投与を継続することは考えないはずであるのに、利益に比して危険の大きい治療行為を選択してしまったもの」であると認めることはできないといわざるを得ない。
http://www.t3.rim.or.jp/~aids/abe5.html


大野病院事件薬害エイズで争われていた事は、実は共通であり、レトロスペクティブな観点と、プロスペクティブな観点との対決であると考える。レトロスペクティブな観点から物事を判断し臨床医の責任を追求しようとした検察に対し、裁判所は何れも、プロスペクティブな観点から物事を判断し、大野病院事件でも、薬害エイズ判決でも、個人の責任を否定した。


大野病院事件薬害エイズ判決で、医師の責任が問われていたが、それらはあくまでも「結果責任」であり、他のどの医師が同じ立場に付いたとしても、大野病院事件の産婦は亡くなっただろうし、薬害エイズは発生していたと、裁判所は判断したのだろうし、私にとっては、妥当な判決だと思う。その意味で、大野病院事件薬害エイズは同列に位置づけても良いのではないだろうか。


最後に、薬害エイズ、安部刑事訴訟判決文の結語を紹介しておく。この結語は、今なお古びてはいない。

血友病治療の過程において、被害者がエイズに罹患して死亡するに至ったという本件の結果が、誠に悲惨で重大であることは、何人にも異論のないところであろう。また、一連の事態に現れた被告人の言動をみると、血友病治療の進歩やこれに関連する研究の発展を真摯に追求していたとうかがわせる側面がある一方で、自らの権力を誇示していたのではないか、その権威を守るため策を巡らせていたのではないかなどと傍目には映る側面が存在したことも否定できない。しかし、本件は、エイズに関するウイルス学の先端的な知見が血友病の治療という極めて専門性の高い臨床現場に反映されていく過程を対象としている。科学の先端分野に関わる領域であるだけに、そこに現れる問題は、いずれも複雑で込み入っており、多様な側面をもっていた。これらの問題について的確な評価を下すためには、対象の特性を踏まえ、本件公訴事実にとって本質的な事実とそうでない事項とを見極めた上で、均衡のとれた考察をすることが要請されている。
http://www.t3.rim.or.jp/~aids/abe5.html