失踪日記は面白い

今更だが、吾妻ひでお失踪日記の話。これは、とても面白い。書き下ろし漫画であり、三部構成を取っている。「夜を歩く」「街を歩く」「アル中病棟」の三つである。

「夜を歩く」は、著書が鬱で自殺を試みるが、失敗に終わる。そのまま、その山にホームレスとして住み着く。お話である。舞台は冬のようで、著者は凍死しかかった事もあるみたい。

「街を歩く」は、著者が二度目に失踪するお話。今度は前回と違って、山ではなく街に住み着いているようだ。街でホームレス生活を送っているうちに、ガスの配管工として雇われ、ガテン仕事をする。社内報に漫画を投稿するというのが、なんというかマンガ家らしくていい感じ。

「アル中病棟」は、アルコール依存症で入院した時の実記録。あとは、巻末のとり・みきとの対談と、裏失踪日記がある。


冒頭で、

この漫画は人生をポジティブに見つめ、なるべくリアリズムを排除して描いています。

とある。確かにその通りだとは思う。この日記を読んでいると、ホームレス生活も楽しいのかなと思ってしまう。作者は野生の大根を食べるのだが、それがなんとも上手そうであり、拾った食べ物がなんともうまそうであり、天プラ油すらうまそうに思えるのだ。「なんだ、ホームレスとして生活するのなんて簡単じゃん」と、うっかり錯覚してしまいそうになる。

しかし、読んでいるうちに、物語の裏にあるものが透けてくる。漫画の中には描写されてないけど、作者の味わった辛さ、苦しみみたいなものがにじみ出ているのを、感じ取ってしまう。その辺りが、作者の力量なんだろうな。楽しく描写されているんだけど、作者自身は楽しんでいない。それどころか、身を切られる思いで描いているんだろう。そのギャップが、妙な迫力を生み出しているんだと思う。


この三部作の中で、一番辛く、身につまされたのが、アル中病棟の話。アルコール依存症は話には聞いているのだが、こんなに怖いものだとは知らなかった。

胃がアルコールを受け付けなくなっているのにも関わらず、酒を飲む。禁断症状による幻覚が出ているのにもかかわらず、逆にそれだからこそ、酒を飲む。胃に収まらなければ、電車に飛び込もうとする。

幻覚が出ないようにするには酒を切らさないこと。かといって、翌日二日酔いになる程飲み過ぎてはいけない。でもある程度飲まないと眠れない。この分量の配分が難しい

と描いてあって、そして「朝3合、昼2合、夜5合、このペースで行こう」とあるから恐ろしい。アルコール依存症の恐ろしさがよく分かる描写だと思う。



失踪日記

失踪日記